木村拓哉の学歴と経歴!マツコデラックスとは同じ出身高校の同級生?

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俳優としてはもちろん、時にはバラエティや舞台でも存在感を放ち続けている木村拓哉さん!

華やかな芸能の世界で長年トップを走ってきたその姿に、つい目を奪われてしまいますよね。

でも、その裏にはどんな学歴や経歴があるのか、気になったことはありませんか?

しかも噂によると、あのマツコデラックスさんと学生時代に接点があったとか…。

今回は、そんな木村さんの足跡を少しだけさかのぼってみたいと思います。

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目次

木村拓哉のプロフィール

出典:インスタグラム
木村拓哉の基本情報
  • 名前:木村 拓哉(きむら たくや)
  • 本名:木村 拓哉(同じ)
  • 年齢:53歳
  • 生年月日:1972年11月13日
  • 身長:176cm
  • 体重:非公開
  • 血液型:O型
  • 出身:東京都調布市(幼少期は大阪府箕面市、千葉県千葉市でも育つ)
  • 職業:俳優、歌手、声優、タレント
  • 所属事務所:STARTO ENTERTAINMENT
  • 趣味:サーフィン、ギター、バイクなど
  • 特技:サーフィン、ギター、運動神経全般
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木村拓哉の学歴

有名人の学歴経歴情報サイト・イメージ

木村拓哉さんが通っていた学校はどこなのか、順番にご紹介します!

出身小学校:千葉市立磯辺第二小学校

木村拓哉さんが通っていた出身小学校は、千葉県磯辺第二小学校です!

1979年4月に入学し、1985年3月に卒業しました。

※現在は2013年4月に千葉市立磯辺第一小学校・第四小学校とともに「千葉市立磯辺小学校」に統合されました。

項目内容
設立年1981年(昭和56年)4月に開校し、後に統合により歴史を閉じた公立小学校
所在地千葉県千葉市美浜区磯辺7丁目17-1(旧校舎・跡地)
交通
アクセス
JR京葉線「検見川浜駅」から徒歩約10分程度の距離に位置し、海浜幕張駅・稲毛海岸駅からもバスや徒歩でアクセス可能
学校の種類千葉市立の公立小学校(区立ではなく市立)
教育方針児童一人ひとりの人格を尊重し、思いやりと協調性を育てる基礎的な人間教育を重視
学年構成1年生から6年生までの完全6学年制
特色ある
取り組み
地域や保護者と連携した道徳教育や、児童会活動を通じた自主・責任感の育成を行っていた
学校施設一般校舎に普通教室・特別室・体育館・屋外運動場を備えた、海浜ニュータウンに位置する標準的な小学校施設
クラブ活動放課後クラブや地域スポーツチームとの連携により、運動・文化系の活動を活発に行っていた
学校の特徴1981年に開校し、磯辺第一小学校・磯辺第四小学校とともに、2013年4月に「千葉市立磯辺小学校」へ統合された旧校


出身中学校:千葉市立磯辺第一中学校

木村拓哉さんは中学時代、千葉市立磯辺第一中学校に通っていました!

1985年4月に入学し、1988年3月に卒業しました。

※現在は2013年3月に千葉市立磯辺第二中学校とともに「千葉市立磯辺中学校」に統合されました。

項目内容
設立年1980年(昭和55年)4月に開校し、2013年3月に閉校した旧公立中学校
所在地千葉県千葉市美浜区磯辺七丁目1-1
交通
アクセス
JR京葉線「検見川浜駅」から徒歩約10分。検見川浜海岸からも徒歩約10分の距離に立地
学校の種類千葉市立の公立中学校(義務教育段階)
課程全日制普通科の中学校課程(3年制)
教育方針「自主・自律・自学・連帯」を重視し、児童の主体性と協調性を育てる教育を実践
学校行事入学・卒業式のほか、体育祭・文化祭・遠足・修学旅行など標準的な中学行事を実施
部活動陸上・サッカー・バスケットボールなどの運動部や、吹奏楽・美術・科学などの文化部が活発に活動
学校施設3棟構成の校舎に普通教室・特別室・図書室・体育館・プール・屋外運動場を備えた標準的な中学校施設
学校の特徴:1980年に開校し、2013年3月に磯辺第二中学校とともに「千葉市立磯辺中学校」へ統合された旧校


出身高校①:千葉県立犢橋高等学校

木村拓哉さんが最初に通っていた出身高校は、千葉県立犢橋高等学校です!

木村さんはこちらの高校に、1年間だけ在学していました。

項目内容
設立年1985年(昭和60年)4月に開校した県立高等学校
所在地千葉県千葉市花見川区千種町381-1
交通
アクセス
JR総武線「稲毛駅」から京成バス「こてはし団地」行きに乗車し、「犢橋高校入口」バス停下車、徒歩約10分
学校の種類千葉県立の公立高等学校(普通科)
課程全日制普通科
偏差値普通科の偏差値は約43~44程度で、千葉県公立高校としてやや標準的なレベル
教育方針「創造・諧和・自律」を校訓として、主体性・協調性・自己管理能力を重視する教育を実践
授業形態50〜55分授業で、必修科目(国語・数学・英語・社会・理科・保健体育など)を中心に、進路に応じた選択科目を組み合わせる授業形式
学校施設一般教室のほか、科学実験室・家庭科室・音楽室・図書室・体育館・武道場・プール・グランド・テニスコートなどを備えた標準的な公立高校施設
主な進学先私立大学・短期大学・専門学校への進学が主流で、就職希望者にも高い就職率を示す
学校の特徴1985年開校の郊外型高校で、千葉マリンスタジアムまでの約20kmを歩く「競歩大会」など、特色ある学校行事で知られる

出身高校②:東京都立代々木高等学校(定時制課程)

木村拓哉さんは、高校2年生に進級するタイミングで、東京都立代々木高等学校(定時制課程)に転校しました!

項目内容
設立年1957年(昭和32年)10月1日に東京都立第一商業高等学校代々木分校から独立し、新制都立高等学校として開校した旧校
所在地東京都渋谷区上原2丁目2-20(旧校舎)
交通
アクセス
京王線「幡ヶ谷駅」から徒歩約10分、都営新宿線「初台駅」からも徒歩圏内で、渋谷・新宿方面からもアクセスしやすい都心部の立地
学校の種類東京都が設置する公立の都立高等学校(普通科・商業科を経たのち、普通科主体の高校に移行)
課程午前・午後・夜間の3部からなる三部制(昼夜間定時制)課程のみで、昼間部と夜間部とも4年制
偏差値閉校済みの旧校であるため、現在の偏差値は公表されていないが、都立定時制高校としてはやや標準的なレベルにあるとされている
教育方針一般教養の充実と、進学・就職に対応したバランスの取れた教育を重視し、商業教育の伝統を活かしつつ、自律的な学習習慣を育てる教育を実践
授業形態50〜55分授業で、国語・数学・英語・社会・理科・保健体育・道徳などの必修科目を中心に、選択科目や職業関係科目を組み合わせる授業形式
学校施設一般教室のほか、特別教室・図書室・体育館・武道場・屋外運動場などを備えた標準的な都立高校の施設
主な進学先地域の私立大学・短期大学・専門学校への進学が主流で、商業科の伝統を生かした就職も一定数あった
学校の特徴1948年に東京都立第一商業高等学校代々木分校として始まり、1957年に「東京都立代々木高等学校」として独立し、商業教育と都市部の進学校風の雰囲気を併せ持った学校として知られ、2001年に世田谷泉高等学校へ統合され、2004年3月に閉校した旧校


出身大学:進学なし

木村拓哉さんは高校卒業後、大学には進学されていません。

高校時代からすでにSMAPとしての活動が本格的に始まっていて、芸能界でのお仕事がとても忙しかったそうです。

そのため、自然と大学進学よりも芸能活動に専念する道を選ばれました!

当時の木村さんは、テレビや雑誌などでも大活躍で、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだったので、大学生活を送る余裕はなかったのかもしれませんね。

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木村拓哉の小学生時代のエピソード

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木村拓哉さんの小学生時代は厳しさの中で育まれた経験と、好奇心いっぱいの冒険心が見えるエピソードが多くあります。

ここでは、家庭や学校での思い出を紹介します。

父親に騙されて始めた剣道

まず1つ目のエピソードは、父親に騙されて始めた剣道です。

木村さんは小学校入学前に、父親から「散歩行くぞ」と呼ばれてスニーカー履いて出かけようとすると、「バカヤロー、下駄履け」と怒鳴られ、半ズボンにTシャツ、下駄姿でついて行くと、着いた先は剣道場でした。

先生が「お待ちしてました」と、全く知らされていなかった剣道をやることに驚き、父親から騙されたと当時は不満に思っていたそうです。

木村さんはその後、剣道場に渋々通い続けることになりますが、3、4回目の稽古の時は、初めて道場のメダルを取ることができました!

その瞬間やる気が出た木村さんは、小1からはド真剣に通い続けたそうです。

当時の剣道について、木村さんは過去のインタビューで、以下のように話しています。

「まだ小学校入る前。半ズボンでTシャツで、下駄履いて、『散歩行くぞ』って言われて、ついて行ったら、剣道場で先生がいて『お待ちしてました』っていう。そこが入り口でした。完全にだまされてますよね。」「小1のときにだまされて、なんかメダルもらってスイッチ入って、そのまま小学校、中学校、ド真剣にやってましたね。」

引用元:ほぼ日

木村拓哉さんのお父様の作戦は完璧だったようですね。

騙されて始めたのにメダルでハマって本気モードになるなんて、さすがだなと思います。

小1前からこんな世界に飛び込んだ経験が、今の木村さんのプロ根性を育てたんだと思います。

給食の完食を厳しく指導された思い出

2つ目のエピソードは、給食の完食を厳しく指導された思い出です!

木村さんは小学校の給食で、担任から「食べ終わるまで食べなさい」と厳しく指導された思い出があります。

当時通っていた小学校では、給食を残すなんて許されなかったそうで、担任の先生が「食べ終わるまで食べなさい」と言い、牛乳が飲めない子も泣きながら完食させられたそうです。

木村さんもその影響で食べ物を残すのが大嫌いになり、4時間目になると給食の匂いでメニューが分かり、「お!」とワクワクしたり、小袋のマーマレードジャムを昼休みにちびちび食べるのが楽しみだったそうです。

小学生時代の給食の思い出について、木村さんはインタビューで以下のように話しています。

『「食べ終わるまで食べなさい』と怒られたり、牛乳が飲めない子も先生から言われて泣きながら飲んでいたりしました。それが普通でした。でも今の学校では状況が変わっているそうですね。給食を残していいなんて考えられなかったです」

引用元:RRB TODAY

木村拓哉さんの給食話、当時の厳しさがリアルに伝わってきますね。

今の食への感謝の心は、こんな完食指導から来てるんだなと思います。

トム・ソーヤーに憧れた少年時代

3つ目のエピソードは、トム・ソーヤーに憧れた少年時代についてです!

木村さんは小学生時代、「トム・ソーヤーの冒険」に夢中になり、トムの自由な冒険に憧れを抱いていました。

2019年7月21日配信のGYAO!番組『木村さ~~ん!』第51回で語ったところによると、東京・あきる野市のキャンプ場でソロキャンプを実践中、幼少期の思い出を明かしました。

トムソーヤーの冒険が大好きで「彼がやることはやっておくべき」と感じつつ、当時はできなかったキャンプへの憧れを以下のように振り返っています。

「幼少期に見ていた、トムソーヤの冒険が大好きで、彼がやることはやっておくべきだと思って(キャンプは)してないですけど、したかったほうです」

引用元:オリコンニュース

木村さんの冒険心あふれる少年時代が垣間見えるエピソードですよね!

トムへの憧れが現在のアウトドア愛に繋がっていて、親しみやすい一面です。

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木村拓哉の中学生時代のエピソード

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木村拓哉さんの中学生時代には、進路や受験に対して周囲とは少し違う考えを持っていた時期がありました。ここでは、当時の受験にまつわる本音を紹介します

高校受験へのモチベーションがなかった

中学生時代のエピソードは、高校受験へのモチベーションがなかったことについてです!

木村さんは中学の時、高校受験のモチベーションがほぼゼロだったようです。

2025年9月28日のラジオ「木村拓哉 Flow」で語ったエピソードが話題となっています。

木村さんは高校受験の話を振り返り、「俺高校受験したよ、公立を1個。で、私立、要は滑り止め」と明かしました。

中学3年生の頃、周りのみんなが受験勉強に追われる中、本人は特に将来の夢もなく、ただ周囲の流れに身を任せて臨んだそうです。

その後、千葉県立犢橋高校に進学しますが、芸能活動が本格化し、都立代々木高校の3部制に移って卒業され、モチベの低さとは裏腹に、通学ルートを工夫して楽しんでいたそうです。

木村さんは当時の順番について、以下のように語っています。

「何かになりたいから、進学したいっていうことじゃなかった。みんながなんか受験するから」

引用元:モデルプレス

このエピソード、木村さんらしいですよね。

中学生の頃って誰しも「何のために勉強?」と思う時期があるはず。

そんな中でも流れに乗って進んだ姿勢が、後の大成功に繋がったんだと思います。

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木村拓哉の高校生時代のエピソード

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木村拓哉さんの高校時代は、芸能活動との両立や周囲の注目によって、普通の学生生活とは違う局面が多くありました。

ここでは、同級生との関係や学校生活での騒動を紹介します。

千葉県立犢橋高校で、マツコ・デラックスと同級生

高校時代の1つ目のエピソードは、千葉県立犢橋高校で、マツコ・デラックスと同級生だったことです!

木村さんは高校1年生の時、千葉県立犢橋高校に通っていましたが、タレントのマツコ・デラックスさんも同じ高校に通っていたそうで、木村さんと同級生だったそうです。

マツコ・デラックスさんがバラエティー番組「徹子の部屋」に出演した際、木村拓哉さんとの高校時代を明かしました。

千葉県立犢橋高校で同じ学年ながらクラスは別で、木村さんはジャニーズJr.として活動が活発化し、高校2年で都立代々木高校へ転校し、当時は近藤真彦風のパーマ姿でバスケ部に所属し、校内で自然に過ごしていたそうです。

マツコさんとは共通の友人経由で自転車置き場で軽く言葉を交わした程度で芸能界で再会後に同級生関係が明らかになり、マツコさんが木村さん宅を訪れたそうです。

マツコさんは当時の木村拓哉さんについて、以下のように語っています。

いるだけでカッコいいけど、至って普通に過ごしていましたよ。かわいさも残っいましたね。カワイイ~っていう。今みたいな男らしいっていうよりもかわいいって感じ」

引用元:スポニチ

この話、微笑ましいですよね。

木村拓哉さんのかわいさが残る高校時代、同じ学校にマツコさんがいたなんて運命的ですし、学歴の転校決断が芸能成功の鍵だったと思います。

中居正広さんと文化祭で起きたファン騒動

高校時代の2つ目のエピソードは、中居正広さんと文化祭で起きたファン騒動です!

木村さんは高校2年生に進級するタイミングで東京都立代々木高等学校に転校されましたが、元SMAPの中居正広さんも同じ高校に通っていたそうです。

木村さんは当時、高校の文化祭で中居正広さんとファン騒動に巻き込まれ、逃走劇を繰り広げたそうです。

2016年3月7日放送の『SMAP×SMAP』で明かされた高校時代の伝説的な話です。

同じ高校・同じクラスだった中居正広さんと教室で出し物をしたら、ジャニーズJr.人気で女子生徒が殺到し、2階の教室が人で溢れ大盛況だったものの、先輩が売れ行きに激怒したため、木村さんと中居さんは慌てて逃走したそうです。

窓から飛び降りたという噂が広まりましたが、実際は先輩の怒りを避けての脱出劇。学生らしいハチャメチャなエピソードとしてファンの間で語り継がれています。

木村さんは当時のことを以下のように語っています。

「実は、人がバーっと来ちゃったから、僕らは2階の窓から飛び降りて帰ったんじゃなくて、あまりにうちのクラスに人が来ちゃって。すごい売れ行きだったの、文化祭。そしたら先輩が超怒って、それで逃げたの。もっとドラマみたいでしょ?」

引用元:Jmania

この話、めっちゃ青春ですよね。

木村さんと中居くんがクラスメイトで文化祭大混乱なんて、漫画みたいですよね。

学歴視点だと、こんな騒動を乗り越えて芸能の道を突き進んだ柔軟さが際立ちます。

定時制高校への編入と通学

高校時代の3つ目のエピソードは、定時制高校への編入と通学です!

木村さんは定時制高校(三部制)の午前部に4年間通い、芸能活動と両立しました。

2025年8月24日放送のTOKYO FM「木村拓哉 Flow」で、ゲストの蒼井優さんに高校時代を語りました。

木村さんは高校2年生に進級するタイミングで、東京都立代々木高等学校に転校し、三部制(午前部)を選択しました。

通信制も検討されたそうですが、通学を選び、高校4年まで在籍したそうです。

通常3年で卒業するところを、仕事の都合で延長しながら単位を積み重ね、無事卒業し、廃校になった今でも当時の通学生活を懐かしむ様子が印象的でした。

当時のことについ、木村さんは以下のように話しています。

「今はもう廃校になってないんですけど、三部制高校っていう、朝、昼、夜。僕は午前の部行ってたんですけど。だから、高4まで僕行きました。みんな、大学生みたいな感じで同期がやってる時に、“あ、俺、高4”っていう。高4って何?って」(笑)

引用元:スポニチ

このエピソード、キムタクの努力家ぶりが光りますよね。

多忙なJr.時代に学校へ通い続ける選択をしたのは、真剣に学生生活をやり遂げたかったからだと思います。

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木村拓哉の経歴

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次に、木村拓哉さんの経歴についてご紹介します!

芸能界デビューのきっかけは?

木村拓哉さんが芸能界にデビューしたきっかけは、親戚が勝手にジャニーズ事務所に履歴書を送ったことです。

中2の終わり頃、叔母さん(または親戚)が木村さんの写真と履歴書をジャニーズ事務所に送付し、事務所から4回も電話がかかってきましたが、当時の木村さんはジャニーズにアンチで乗り気じゃなかったそうです。

それでも「1回だけ行ってみなさい」と説得され、オーディションを受け、1987年10月に15歳で入所され、SMAPの前身グループで本格的に活動を始めました。

当時のことを木村さんは以下のように話しています。

(ジャニーズ事務所に)入りたくて(履歴書を)送ってないから。親戚が勝手に送ってて

引用元:ライブドアニュース

親戚の一押しって、人生変わりますよね。

木村さん自身は最初嫌々だったのに、そこから努力で道を切り開いたのが素晴らしいです。

俳優デビューはいつ?

木村拓哉さんの俳優デビューは、1988年のテレビドラマ『あぶない少年III』です。

SMAPのメンバーとして本人役で出演したこの作品が、ドラマ初出演となりました。

その後、1993年の『あすなろ白書』で取手治役を演じて注目を集め、1994年の映画『シュート!』では映画初出演を果たし、日刊スポーツ映画大賞の石原裕次郎新人賞も受賞しました。

以降は『ロングバケーション』『HERO』『ビューティフルライフ』などの人気ドラマで主演を務め、映画でも『武士の一分』『マスカレード・ホテル』など幅広い作品に出演しています。

SMAP時代から俳優としての実力を積み上げてきたからこそ、今も第一線で活躍できるのだと思います。

受賞歴

年賞・選出歴
1994年第11回ベストジーニスト(1994〜1998年で5年連続受賞、殿堂入り)
第7回日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎賞 石原裕次郎新人賞(『シュート!』)
第3回ザテレビジョンドラマアカデミー賞 ベストドレッサー賞(『若者のすべて』)
第32回ギャラクシー賞 奨励賞個人(『若者のすべて』)
1995年エランドール賞 新人賞
第7回ザテレビジョンドラマアカデミー賞 ベストドレッサー賞(『人生は上々だ』)
第9回ザテレビジョンドラマアカデミー賞 主演男優賞(『ロングバケーション』)
第6回TV LIFE年間ドラマ大賞 主演男優賞(『ロングバケーション』)
1997年第15回ザテレビジョンドラマアカデミー賞 主演男優賞(『ラブジェネレーション』)
第7回TV LIFE年間ドラマ大賞 主演男優賞(『ラブジェネレーション』)
1998年第1回日刊スポーツドラマグランプリ 主演男優賞(『ラブジェネレーション』)
第19回ザテレビジョンドラマアカデミー賞 主演男優賞(『眠れる森』)
2000年第3回日刊スポーツドラマグランプリ 主演男優賞(『ビューティフルライフ』)
第24回ザテレビジョンドラマアカデミー賞 主演男優賞(『ビューティフルライフ』)
第10回TV LIFE年間ドラマ大賞 主演男優賞(『ビューティフルライフ』)
第26回放送文化基金賞 男優演技賞(『ビューティフルライフ』)
2001年第4回日刊スポーツドラマグランプリ 主演男優賞(『HERO』)
第28回ザテレビジョンドラマアカデミー賞 主演男優賞(『HERO』)
第28回ザテレビジョンドラマアカデミー賞 ベストドレッサー賞(『HERO』)
第11回TV LIFE年間ドラマ大賞 主演男優賞(『HERO』)
2002年第33回ザテレビジョンドラマアカデミー賞 主演男優賞(『空から降る一億の星』)
2003年第6回日刊スポーツドラマグランプリ 主演男優賞(『GOOD LUCK!!』)
2006年第16回東京スポーツ映画大賞 主演男優賞(『武士の一分』)
2007年第20回日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎賞 主演男優賞(『武士の一分』)
第52回ザテレビジョンドラマアカデミー賞 主演男優賞(『華麗なる一族』)
ソウル・ドラマ・アワーズ2007 最優秀主演男優賞(『華麗なる一族』)
第4回月刊TVnaviドラマ・オブ・ザ・イヤー 主演男優賞(『華麗なる一族』)
2008年第57回ザテレビジョンドラマアカデミー賞 主演男優賞(『CHANGE』)
2012年第75回ザテレビジョンドラマアカデミー賞 主演男優賞(『PRICELESS〜あるわけねぇだろ、んなもん!〜』)
第52回ACCCMフェスティバル タレント賞(トヨタ自動車 テレビCMの演技)
2013年第10回月刊TVnaviドラマ・オブ・ザ・イヤー 主演男優賞(『安堂ロイド〜A.I. knows LOVE?〜』)
2014年第82回ザテレビジョンドラマアカデミー賞 主演男優賞(『HERO(第2シリーズ)』)
2017年第27回日本映画批評家大賞 主演男優賞(『無限の住人』)
2019年第103回ザテレビジョンドラマアカデミー賞 主演男優賞(『グランメゾン東京』)
2021年第46回報知映画賞 主演男優賞(『マスカレード・ナイト』)
2022年ファミ通・電撃ゲームアワード2021 アクター部門(『LOST JUDGMENT:裁かれざる記憶』)
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木村拓哉の出演作品一覧

出典:インスタグラム

木村拓哉さんがこれまでに出演したドラマ・映画作品を、一覧でご紹介します!

気になる作品があれば、是非チェックしてくださいね。

ドラマ

放送年ドラマタイトル初回
放送日
役名
1992年その時、ハートは盗まれた11月19日片瀬雅人
1993年あすなろ白書10月11日 取手治
1994年若者のすべて10月19日上田武志
1995年人生は上々だ10月13日 大上一馬
1996年ロングバケーション4月15日瀬名秀俊
協奏曲10月11日貴倉翔
ギフト4月16日早坂由紀夫
1997年ラブジェネレーション10月13日片桐哲平
1998年眠れる森10月8日伊藤直
2000年ビューティフルライフ1月16日沖島柊二
2001年HERO1月8日久利生公平
2002年空から降る一億の星4月15日片瀬涼
2003年GOOD LUCK!!1月19日新海元
2004年プライド1月12日里中ハル
2005年エンジン4月18日神崎次郎
2007年華麗なる一族1月14日万俵鉄平
2008年CHANGE5月12日朝倉啓太
2009年MR.BRAIN5月23日九十九龍介
2010年月の恋人〜Moon Lovers〜5月10日葉月蓮介
2011年南極大陸10月16日倉持岳志
2012年PRICELESS〜あるわけねぇだろ、んなもん!〜10月22日金田一二三男
2013年安堂ロイド〜A.I. knows LOVE?〜10月13日安堂ロイド / 沫嶋黎士
2015年アイムホーム4月16日家路久
2017年A LIFE〜愛しき人〜1月15日沖田一光
2018年BG〜身辺警護人〜1月18日島崎章
2019年グランメゾン東京10月20日尾花夏
2022年未来への10カウント4月14日桐沢祥
2024年Believe-君にかける橋-4月25日狩山陸

映画

公開年映画
タイトル
公開日役名
1994年シュート!3月12日久保嘉晴
1995年君を忘れない9月23日上田淳一郎
2004年204610月23日 タク
2006年武士の一分12月1日三村新之丞
2007年HERO9月8日久利生公
2009年アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン6月6日シタオ
2010年SPACE BATTLESHIP ヤマト12月1日古代進
2015年HERO7月18日久利生公平
2017年無限の住人4月29日万次
2018年検察側の罪人8月24日最上毅
2019年マスカレード・ホテル1月18日新田浩
2021年マスカレード・ナイト9月17日新田浩介
2023年レジェンド&バタフライ1月27日織田信長
2024年グランメゾン・パリ12月30日尾花夏樹
2025年TOKYOタクシー11月21日宇佐美浩二
2026年教場 Requiem2月20日風間公親
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まとめ

最後にこの記事のポイントをまとめます!

  • 千葉県船橋市生まれ
  • 千葉県磯辺第二小学校に通っていた
  • 父親に「散歩」と騙されて剣道始め、メダルでハマった
  • 給食完食を先生に厳しく指導されて残すの嫌いになった
  • トム・ソーヤーの冒険に憧れて冒険心わいた
  • 千葉市立磯辺第一中学校に通っていた
  • 中学時代は高校受験モチベほぼゼロだった
  • 最初は千葉県立犢橋高校に1年だけ在学
  • 犢橋高校でマツコ・デラックスと同級生だった
  • 高校2年で都立代々木高校定時制に転校した
  • 代々木高校文化祭で中居くんとファン騒動の逃走劇
  • 代々木高校の三部制(午前部)で高4まで通って卒業した
  • 大学進学なしでSMAP活動に全力投球
  • 芸能デビューは親戚が勝手にジャニーズに履歴書送った
  • 1987年10月、15歳でジャニーズ入所した
  • 俳優デビューは1988年「あぶない少年III」本人役
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