平野紫耀さんは、King & Prince時代から現在のNumber_iまで、多くのファンを魅了し続けているアーティストです
ダンスやアクロバットを得意とする姿の一方で、学生時代はどんな学校に通っていたのか、気になる方も多いのではないでしょうか。
この記事では、出身小学校や中学校、高校の情報、さらに学生時代のエピソードや芸能界に入ったきっかけまで、平野さんのこれまでの経歴をわかりやすくまとめてご紹介します。
平野紫耀のプロフィール

名前:平野紫耀(ひらの しょう)
本名:平野紫耀
年齢:29歳(2026年10月16日時点)
生年月日:1997年1月29日
身長:171cm
体重:非公表
血液型:O型
出身:愛知県名古屋市
職業:アイドル、歌手、俳優、タレント
所属事務所:TOBE
趣味:クルマ、入浴、料理
特技:マシュマロキャッチ
現在は「Number_i」のメンバーとして活動しています。
平野紫耀の学歴

平野紫耀さんが通っていた出身校はどこなのか、順番にご紹介します!
出身小学校:名古屋市立大森小学校
平野紫耀さんが通っていた出身小学校は、名古屋市立大森小学校です!
2003年4月に同校へ入学し、2009年3月に卒業しました。
| 項目 | 内容 |
| 設立年 | 1873年(明治6年) |
| 所在地 | 愛知県名古屋市守山区大森4丁目401番地 |
| 交通 アクセス | 名鉄瀬戸線「大森・金城学院前駅」から徒歩約6分、最寄バス停は名古屋市営バス「大森住宅」 |
| 学校の種類 | 名古屋市立の公立小学校、男女共学 |
| 教育方針 | 「自分の力で、たくましく豊かな未来をきりひらく子」を目標に、「自ら学び、行動できる子」「思いやり深く、協力し合える子」「健康で、安全な生活ができる子」の育成を掲げる |
| 学年構成 | 第1学年から第6学年までの6学年制 |
| 特色ある 取り組み | 流水池や体育館横の大木「エノキ」など、身近な自然を学習や生活の場として活用する環境がある |
| 学校施設 | 校舎、体育館、運動場、流水池がある |
| 学校の特徴 | 1873年開校の長い歴史を持つ守山区の小学校で、通学区域は大森1〜4丁目、元郷1〜2丁目、薮田町、脇田町、今尻町など。主な進学先は名古屋市立大森中学校 |
出身中学校:名古屋市立大森中学校
平野紫耀さんは中学時代、名古屋市立大森中学校に通っていました!
2009年4月に入学し、2012年3月に卒業しました。
| 項目 | 内容 |
| 設立年 | 1975年(昭和50年) |
| 所在地 | 愛知県名古屋市守山区大森1丁目2601番地 |
| 交通 アクセス | 名鉄瀬戸線「大森・金城学院前駅」から徒歩約6分(約437m)、最寄バス停は名古屋市営バス「大森〔南〕」「大森住宅」 |
| 学校の種類 | 名古屋市立の公立中学校、男女共学 |
| 課程 | 中学校課程(第1学年から第3学年までの3学年制) |
| 教育方針 | 「自律しながら学び続け、人間力を高めることができる生徒の育成」を掲げ、努力目標として「目標を立てて振り返ることができる生徒」を据える |
| 学校行事 | 体育大会、文化発表会、1年生の校外学習、2年生の稲武野外学習、3年生の進路選択、講演会などを実施。 |
| 部活動 | 運動部は野球、ラグビー、バスケットボール、ソフトボール、サッカー、ソフトテニス、卓球。文化部はパソコン、合唱、美術 |
| 学校施設 | 校舎、体育館、運動場、武道場があり、大森地域スポーツセンターも併設されている |
| 学校の特徴 | 大森・大森北・天子田の3小学校区を通学区域とする中学校で、ユネスコスクールとしてESD(持続可能な開発のための教育)や地域連携型の防災学習、環境保全・花壇整備などの活動に取り組む |
出身高校:飛鳥未来高等学校(名古屋キャンパス)
平野紫耀さんは高校時代、飛鳥未来高等学校(名古屋キャンパス)に通っていました!
2012年4月に同校へ入学し、2015年3月に卒業しました。
| 項目 | 内容 |
| 設立年 | 2009年(平成21年)4月、飛鳥未来高等学校として開校、名古屋キャンパスはその一つ |
| 所在地 | 愛知県名古屋市西区名駅2丁目20-18 |
| 交通 アクセス | JR・名鉄・近鉄・地下鉄「名古屋駅」各線から徒歩約7分、地下鉄東山線「亀島駅」から徒歩約5分 |
| 学校の種類 | 私立の単位制・通信制高等学校、学校法人三幸学園が運営する飛鳥未来高等学校の名古屋キャンパス |
| 課程 | 高等学校課程(普通科)、単位制・通信制、新入学のほか転入学・編入学にも対応 |
| 偏差値 | 偏差値は設定されていない、選考は書類審査・面接・作文などによる総合判断 |
| 教育方針 | 「自分らしく、夢に向かって羽ばたく力を身につける」ことを目指し、一人ひとりの個性や自己表現を大切にする |
| 授業形態 | 週1日〜5日まで選べる通学スタイルで、ベーシックスタイル、スタンダードスタイル、ネットスタイルなどから自分に合った学び方を選択できる |
| 学校施設 | 図書室、PCルーム、トレーニングルームなどがあり、姉妹校である専門学校の施設も利用できる[ac] • 主な進学先:大学・短期大学・専門学校への進学や就職など、生徒ごとの希望に沿った進路。全国の合格実績には国公立大学、私立大学、専門学校などが含まれる |
| 学校の特徴 | 名古屋駅近くにキャンパスを置く通信制高校で、登校日数や学習スタイルを柔軟に選べる。進学・補習・美容・ネイル・アニメ・ゲーム・ダンス・オンライン学習などの選択コースも用意されている |
出身大学:進学なし
平野紫耀さんは高校卒業後、大学には進学していません。
最終学歴は高卒で、卒業後は芸能活動に専念する道を選んでいます。
平野さんは名古屋市立大森中学校を卒業した後、通信制の飛鳥未来高等学校へ進学しました。
高校時代にはすでにジャニーズ事務所に入所していたため、通信制高校を選んだのは、学業と芸能活動を両立しやすくするためだったと伝えられています。
2015年3月に高校を卒業してからは、アイドルや俳優としての活動が本格化。大学には進まず、ステージや作品を通じて表現者としての経験を積んできました。
個人的には、大学に行かず芸能の道へ進んだのは、平野さんらしい決断だったと思います。
現場で学びながら成長する姿が、何より魅力です。
平野紫耀の小学生時代のエピソード

小学生時代の平野さんは、家族との思い出やダンスとの出会い、そして体調との向き合い方など、後の人生に影響を与えた出来事がいくつもあります。
ここでは、そんな小学校時代の歩みを紹介します。
母からもらったアンモナイト
まず1つ目のエピソードは、母からもらったアンモナイトについてです。
平野さんにとって、母親から贈られたアンモナイトは大切な「一生もの」であり、小学校時代の誕生日に受け取った思い出の品です。
2020年3月26日放送の日本テレビ系『バゲット』では、平野さんが「大切にしている一生ものは?」という質問に答えています。
すると平野さんは「僕は母親からもらったアンモナイト」と回答し、周囲を驚かせました。
当時の様子について、平野さんは次のように振り返っています。
「小学校3年生ぐらいのタイミングですね。急に誕生日プレゼントで、ティッシュに包まれたアンモナイト渡されて」「親の私物をもらったのそれが人生初めて。最初で最後だったんです」
引用元:エキサイトニュース
このように語っており、母親が大切にしていた私物を、誕生日の贈り物として贈られたことが分かります。
平野さんは「だから親のアンモナイトは一生ものですね」とも話し、スタジオを笑わせました。
高価なプレゼントではないかもしれませんが、母親の私物だったという点に、親子の絆や特別な思いが感じられますね。
小2でダンスを始めた
2つ目は、小2でダンスを始めたというエピソードです!
平野さんは小学2年生の頃、ダンスの体験教室に参加したことがきっかけで、ダンスを始めることになりました。
ただ、最初から楽しんでいたわけではなく、人見知りだったこともあり、初回のレッスンでは人前で踊ることに強い苦手意識があったといいます。
初回のレッスンでは、人前で踊るのが嫌でめちゃめちゃ泣いてしまい、体育座りをしたまま見学だけをしていました
その後、母親が「自分でやるって言ったことだよ」と声をかけ、2回目のレッスンにも連れて行ってくれました。
すると、みんなと一緒にストレッチをしたことで少しずつ気持ちが変わり、ダンスが楽しく感じられるようになったそうです。当時の様子について、平野さんはインタビューで次のように振り返っています。
「小2かな。勧められてダンスの体験教室に参加したんです。その先生がすごい褒めてくれる人だったんで楽しくて。僕、褒められたがりなんで。だから母親に「やりたい!」って言ったんです。でも、初回のレッスンに行ったら人見知りで目立つのが嫌いだったことを思い出して。人前で踊るのが嫌でめちゃめちゃ泣いて、体育座りして泣きながら見学だけしてましたね。」
引用元:アメブロ
このように語っており、今では堂々とステージに立つ平野さんも、ダンスを始めたばかりの頃は人見知りで、とても苦手意識が強かったことが分かります。
最初から得意だったわけではなく、苦手を乗り越えて好きになったからこそ、今のダンスにつながっているのでしょう。
小4で膝を痛め手術を受けた
3つ目のエピソードは、小4で膝を痛め手術を受けたことです!
平野さんは小学4年生の頃、ダンスの練習しすぎが原因で膝を壊してしまい、手術が必要になりました。
当時はダンスにのめり込んでいた時期で、多いときには1日7時間ほど練習していたこともあるといいます。
膝を壊した当時、夜中に親が手術代をどう工面するか話し合っている声を聞いてしまいました。
平野さんは、親に負担をかけたくない気持ちから「手術はしなくていい」と伝えたといいますが、母親に押し切られる形で手術を受けることになりました。
当時の気持ちについて、平野さんはインタビューで次のように振り返っています。
「手術が必要ってことになって。夜中に手術代をどうやって用意しようって話を親が小声でしているのが聞こえてしまったことがあって。申し訳ない気持ちとなんかいろんな気持ちが混じって1人泣きました。親を困らせるくらいなら手術はしなくていいって思ったんですけど、押し切られて手術をして。あのとき手術をしていなかったらアイドルになれてない。ありがたいです。母親には感謝しなきゃいけないことばかりですね。挨拶や礼儀を身につける大切さや、女の子は守ってあげなさいってことも教えてもらったので。」
引用元:アメブロ
このように語っており、当時の平野さんは、膝の痛み以上に親への申し訳なさや家庭の事情を気にする気持ちが強かったことが分かります。
それでも手術を受けたことでダンスを続けられるようになり、後のアイドル活動にもつながりました。
親の思いやりがあったからこそ、今の平野さんの活動につながっているのかもしれません。
平野紫耀の中学生時代のエピソード

中学生時代の平野紫耀には、ダンスや芸能活動だけでなく、学校生活ならではのエピソードもあります。
ここでは、本人が明かした思わず笑ってしまう失敗談を紹介します。
中学時代に告白で噛んでしまった
平野さんは、中学時代に告白で噛んでしまったという苦い思い出があります。
その内容が、好きな人へ告白した際、「好きです」と言おうとして「トゥキです」と噛んでしまったことです。
本人が実体験として語ったことで話題になりました。
2019年8月26日、平野さんは都内で行われた映画『かぐや様は告らせたい ~天才たちの恋愛頭脳戦~』の公開直前イベントに、共演した橋本環奈さんと出席しました。
映画のテーマでもある「告白」に関連して、客席の来場者へ「告白のときに噛んだことがある人」と質問し、手を挙げてもらう企画が行われました。
すると、平野さん自身も同じ経験があることを明かします。
最初は「あまりプライベートで相手を誘導させるような話はしない」と照れながら口を濁していましたが、その後「実はノンフィクション」と打ち明け、中学時代の告白で言葉に詰まったと語りました。
また、来場者138人のうち「YES」と答えたのは5人。平野さんは「これ、俺合わせでやってます!?」と驚きつつ、「仲間が欲しかった」と笑いを誘いました。
平野さんは当時の告白について、イベントで次のように話しています。
「実は中学生の頃に噛んだことがあって、『あなたのことがトゥキだから』って言ってしまいました。同じような人が他にもいるかなという願いを込めて訊きました」
引用元:MOVIE WALKER PRESS
このように語っています。
緊張で「好き」を「トゥキ」と言ってしまうほど本気だったことが伝わる、人柄のあふれるエピソードだと思います。
平野紫耀の高校時代のエピソード

平野紫耀さんの高校時代のエピソードをご紹介します!
歌とダンスの猛レッスン
平野紫耀さんは、芸能界デビューを目指していた高校時代、歌とダンスの猛レッスンに励んでいました。
当時は一般の学校生活とは違う環境で、同年代の仲間たちと一緒に目標へ向かって練習を重ねていたといいます。
ダンスに関しては、子どもの頃から経験を積んでいたこともあり、少しの練習でできることが増え、どんどん楽しめるようになったと振り返っています。
一方で歌については、ダンスほど上達を実感しにくかったようで、「ひたすら頑張るしかない」と語るほど、苦手意識と向き合いながら努力を続けていました。
平野さんは当時の猛レッスンについて、インタビューで次のように話しています。
「普段の生活とはまったく違うエンターテインメントの世界に飛び込んだので、刺激的な毎日でした。同年代の仲間と目標に向かって汗を流す、部活動に近い感覚で取り組んでいましたね」
引用元:高校生新聞
このように語っており、厳しい練習を単なる課題ではなく、仲間と夢を追いかける充実した時間として捉えていたことが分かります。
好きなことを長く続けられる強さと、苦手なことにも向き合う姿勢が、平野さんの圧倒的なパフォーマンスにつながっていると感じます。
平野紫耀の経歴

次に、平野紫耀さんの経歴についてご紹介します!
芸能界デビューのきっかけ
平野紫耀さんが芸能界に入ったきっかけは、ダンスの実力が振付師のボビー吉野さんに認められ、ジャニー喜多川さんへ紹介されたことです。
オーディションを受けずにジャニーズ事務所へ入所した、珍しいパターンでした。
平野さんは小学生の頃からダンスを始め、名古屋のグループ「BOYS AND MEN」の初期メンバーとして活動していました。
その後、ダンススクールの合宿で上京した際にボビー吉野さんのレッスンを受け、そこで才能を見込まれたことが大きな転機になりました。
ボビー吉野さんは光GENJIや少年隊の振付を担当した人物です。
レッスンの場で平野さんをジャニー喜多川さんに紹介し、2012年2月にジャニーズ事務所へ入所。入所後はSexy Zoneのコンサートが最初の仕事で、2018年にはKing & Princeとして「シンデレラガール」でCDデビューしました。
当時、事務所へ入所したことについて、平野さんは以下のように振り返っています。
「『君、ダンス踊れるんでしょ?見せて』って言われて地下の稽古場に行って、音楽を流されて『3分間流すから適当に踊ってみて』って言われて。3分間ぐらい1人でずっと踊り狂ってて。踊り終わって、何も言わずにまた上の稽古場に戻っていったんですよ。それで見抜いてくださったのかな」「言われるがままステージに上がって、フリーで少し踊って…」「それから自信がついて歌が好きになりました」
引用元:モデルプレス
とこのように話しています。
ダンスの振付師のボビー吉野さんとの出会いが、平野さんの運命を大きく変えたと思います。
俳優デビューの時期・初出演作品
平野紫耀さんが俳優としてデビューしたのは2014年です。
同年1月放送の日本テレビ系深夜ドラマ『SHARK』に倉田瑞希役で出演し、テレビドラマ初出演にして初主演を務めました。
同年6月公開の映画『忍ジャニ参上!未来への戦い』では西の忍者・ホウジ役を演じ、映画デビューも果たしています
その後は2018年の映画『honey』で映画初主演、同年のドラマ『花のち晴れ〜花男 Next Season〜』では神楽木晴役を演じ、2019年公開の映画『かぐや様は告らせたい〜天才たちの恋愛頭脳戦〜』では白銀御行役で主演。
2022年のドラマ『クロサギ』ではTBS系連続ドラマ初主演を務め、現在はNumber_iのメンバーとして音楽活動と並行して俳優としても活躍しています。
若手時代から主演を任され続けた経歴を見ると、平野さんの俳優としての伸びしろは今も十分に感じられます。
受賞歴
| 年 | 賞・選出歴 |
|---|---|
| 2019年 | 上半期・下半期 ViVi国宝級イケメンランキング 1位(連覇により殿堂入り) |
| 2020年 | 第6回 カバーガール大賞 メンズ部門 大賞 |
| TV station ドラマ大賞 2020 主演男優賞(『未満警察 ミッドナイトランナー』) | |
| 2021年 | 第7回 カバーガール大賞 メンズ部門 大賞 |
| 2022年 | 第8回 カバーガール大賞 メンズ部門 大賞(3連覇達成により殿堂入り) |
| 第26回 日刊スポーツ・ドラマグランプリ 秋ドラマ 主演男優賞(『クロサギ』) | |
| 2023年 | TV station ドラマ大賞 2022 主演男優賞(『クロサギ』) |
| 第114回 ザテレビジョンドラマアカデミー賞 主演男優賞(『クロサギ』) | |
| 第26回 日刊スポーツドラマグランプリ 主演男優賞(『クロサギ』) |
平野紫耀の出演作品一覧

平野紫耀さんがこれまでに出演したドラマ・映画作品を、一覧でご紹介します!
気になる作品があれば、是非チェックしてくださいね。
ドラマ
| 年 | ドラマタイトル | 初回 放送日 | 役名 |
|---|---|---|---|
| 2014年 | SHARK | 1月12日 | 倉田瑞希 |
| 2018年 | 花のち晴れ〜花男 | 4月17日 | 神楽木晴 |
| 2020年 | 未満警察 ミッドナイトランナー | 6月27日 | 一ノ瀬次郎 |
| 2022年 | クロサギ | 10月21日 | 黒崎高志郎 |
映画
| 年 | 映画 タイトル | 公開日 | 役名 |
|---|---|---|---|
| 2014年 | 忍ジャニ参上! 未来への戦い | 6月7日 | 西の忍者・ホウジ |
| 2018年 | honey ハニー | 3月31日 | 鬼瀬大雅 |
| ういらぶ。 | 11月9日 | 和泉凛 | |
| 2019年 | かぐや様は告らせたい〜天才たちの恋愛頭脳戦〜 | 9月6日 | 白銀御行 |
| 2021年 | かぐや様は告らせたい〜天才たちの恋愛頭脳戦〜 ファイナル | 8月20日 | 白銀御行 |
まとめ
最後にこの記事のポイントをまとめます!
- 愛知県名古屋市出身で国籍は日本である
- 小学校は名古屋市立大森小学校に通っていた
- 小学2年生の頃にダンスを始めた
- 人見知りだったため、最初のダンスレッスンでは人前で踊れず泣いて見学していた
- 母親から誕生日プレゼントとしてアンモナイトをもらい、大切な「一生もの」としている
- 小学4年生の頃にダンスの練習で膝を痛め、手術を受けた
- 中学校は名古屋市立大森中学校に通っていた
- 中学時代に好きな人へ告白した際、「好きです」を「トゥキです」と言い間違えたことがある
- 高校は通信制の飛鳥未来高等学校名古屋キャンパスに進学した
- 高校時代は芸能活動と学業を両立するため通信制高校を選んだ
- 2015年3月に高校を卒業し、大学には進学しなかった
- ダンスの実力が振付師のボビー吉野さんに認められ、ジャニー喜多川さんへ紹介された
- オーディションを受けずに2012年2月にジャニーズ事務所へ入所した
- 2014年のドラマ『SHARK』でテレビドラマ初出演にして初主演を務めた
- 2018年にKing & Princeとして「シンデレラガール」でCDデビューした
- 2019年の映画『かぐや様は告らせたい』で白銀御行役を演じた
- 2022年のドラマ『クロサギ』でTBS系連続ドラマ初主演を務めた
- 現在はNumber_iのメンバーとして音楽活動と俳優活動を並行している
